「君に落ちてしまう予感がしていた。」
果てのない暗闇に広がる無数の小さな光のなか、遠くを見つめてお前は静かに呟いた。
「後悔……しているのか」
どうしてそんな風に質問をしたのか自分の口から出た言葉に一瞬戸惑ってしまった。
「何をだい? 君がいて私がいて邪魔をするちびっこはいないんだぞ? 完璧じゃないか! 後悔する事がどこにあると言うのかね!?」
「それは、」
「君もしつこいなぁ。……ああ、そうだな、以前も話した通りこれ以上なく後悔しているとも。君にはもっと違う選択肢を選ばせてあげたかったよ」
黒鷹の語気が少し強くなって、それから諦めたようなため息が聞こえた。
「お前は”あそこ”が好きだっただろう」
返事のないままにふわりと頭を撫でられた。
小さい頃よくされたその撫で方は今も変わらず優しい。
目を開けるとあの時俺をあの塔から連れ出した時と同じように微笑んで黒鷹はもう片方の手を差し出した。
「今でも好きだよ。君と過ごした家や畑、春になれば桜を見に行ったあの森、嫌いになる事などないだろうな」
「玄冬、君がどう思おうとそれは君の勝手だ。だが私にとって君以上に大切なものなどないよ」
大真面目に応える黒鷹の差し出しされた手にどう応えるか迷っていると、
「お手をどうぞ」
そう言って笑いながら黒鷹は俺の答えを待たず腕を掴み引き寄せた。
暖かい黒鷹の体温が伝わる。
「さあ、時間なら有り余るほどあるが覚悟はできているかい?」
「何のだ」
ふざけた質問に思わず笑って答えながら俺はそのまま黒鷹にもたれる。
「黒鷹、俺は」
途中で塞がれた言葉は静かに暗闇に溶けていった。
落ちたのはきっと俺の方なのだろう。
遠くでひとつ、小さな星が瞬くのが見えた。
終
2023年1月4日 18:19